私の日常をご覧にいれましょう


by happaya-d

描きたいものは何か

絵の講師をやっていていつも思うことは、生徒さん達が「なぜ絵を習いたいのか」ということ。
絵を上手に描きたいから、だろうなとは思う。
美大を目指す高校生や、プロとして絵で食べていこうとしている人達は全く目的が違う。
しかし少なくとも私の生徒さん達は地域で趣味として習っている大人達であり、私の所へ初めて来た頃には初心者だった方が多い。
多くの人が、「本物そっくりにコピー」できるようになりたいと願っている。
特に間違いではない。
それも楽しいし面白い作業ではあるし。
でも、いつか思うかもしれない。
「なぜ、目の前のものをコピーしているんだろう」
別に思わないかもしれない。
それでもいいけれど…。
私は文化祭の季節、ちょうど今頃になるといつも言うことがある。
「自分が何を描きたいのかをよく考えてください」
これは例えば「海を描きたい」とか「桜を描きたい」とか、そういうことを考えてという意味ではない。
言い換えれば、「なぜそれを描きたくなったのか、よく考えて」ということだ。
「朝日が映って輝く海が懐かしいから」なのか、「次から次へと降り注ぐ桜吹雪で心が豊かになるから」なのか。
朝日の海や桜並木などを描く場合、写真を見つけて来て描くことが多い。
皆、その写真とそっくりになるようにそれはそれは頑張っている。
「何か違う、同じ色が出ない。」「木を大きく描きすぎてしまった。」
しかし、本当に大事なことはそういうことではない。
なぜ、描くのか。
「懐かしい気持ちになりたいから」「心が豊かになりたいから」
一番描きたい自分の心が描けているかどうか。
輝く海の写真は何年か経ってもう一度見て、再び懐かしい気持ちになるかどうかわからないけれど、自分の心を表現できている自分の絵は何年経ってもその気持ちを呼び覚ますことができる。
つまり、写真よりも懐かしく海を輝かせ、写真よりも心豊かに桜吹雪を舞わせるということ。
描きたい理由がはっきりあるなら、写真に遠慮する必要はない。
普段は皆、私が描いた手本を見ながら課題の絵を描いている。
写真同様、私の手本など軽々超えてかまわない。
いや、それどころか無視して好きな絵を描いてもらっていい。
仕事でやっている以上、何も配らないわけにはいかないと思って毎回手本を作って配っているけれど、本当は皆自分の興味があるものを描くのが一番いい。
絵を描くこと。それは自分の心がどうなりたいのかを描くこと。
そして次には、自分以外の誰かの心をどう振るわせたいのか。

画像は娘のお昼寝の顔。
絵を描くために笑顔でこちらを見ている写真を撮ろうとしたが全くうまくいかない。
困り果てた頃、寝入ったのをきっかけに慌てて描いたもの。
そのうちこの子もカメラを見て笑顔を作るようになる。
今はそれをしない。
でも、それがいい。
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by happaya-d | 2014-10-14 00:20 | お仕事